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暴走する脳科学(河野哲也)②

○心的カテゴリーの歴史(p.122-)

現在の心的機能のカテゴリーはどれだけ自然か。


・知(認識)、情(感情)、意(意志)の三分類(p.122-)

ドイツの哲学者テーテンス(1736-1807)に始まる。経験を内観する仕方によって、心的活動「受動的と能動的に二分して、受動的なものが感情、能動的なものが思考と意志であるとした。この分類がカントに影響を与え、知識界一般に広まる。


・知能(intelligence)、知性(intellect)、理性(reason)(p.124-)

心理学史家ダンジガーによると、知能のみが心理学のテーマとなっているのには、必然的な理由がある。

それはダーウィニズムの影響による。動物と人間の知的能力は程度の差にすぎないとされるようになり、人間特有という含意を帯びた「知性」や、客観的・集団的な道理である「理性」は不適格であり、「知能」が採用された。


・情念(passion)と情動(emotion)(p.126-)

「情念」が使われなくなったのは経済思想からの影響。マンドウィルが『蜂の寓話』(1714)で「私人の利益追求の情念が公共の利益をもたらす」と主張。これに対し、アダム・スミスの師ハッチンソンはこの主張に制限を与えようとした。

ハッチンソンは、目的意識をもった富や権力を追求する静かな欲望と、その場かぎりの激しい情動を区別すべきだと主張した。(公共の利益を生み出すのは前者)

この区別がヒュームにおいて、「動機(motive)」と「情動(emotion)」という概念に整理され、現在まで受け継がれている。


○心理は社会的なもの(p.132-)

科学が客観的であることと、それが特定の視点や関心から対象に関わっていることは矛盾せずに、両立する。いかなる科学も、最初に扱う対象を一定の仕方で限定し、対象集合を確定する。このコレクションの仕方に、その科学が対象を扱う際の根本的な視点や関心が反映されている。その視点や関心が、特定の社会的関心を表現していることもありうる。


○心的機能に対するジャネの批判(p.137-)

心的機能という概念は、もともと心理現象を範疇化して分類するためのものであるにもかかわらず、あたかも機能が独立した実在する動力であるかのように実体化されがちである。そうした機能の実体化は、反復される現象の背後には同じ力が働いているかのような幻想を与えるものである。同じ現象であってもそれを生み出すメカニズムは複合的で、単一の機能から生み出されるとは限らない。